研究内容

① 新型コロナウイルスに関する研究

2019年の年末から中国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミックが始まり、私たちの生活・経済・文化は大きく変わりました。私たちウイルス研究者も大きく変わりました。これまでにC型肝炎ウイルス・B型肝炎ウイルス・日本脳炎ウイルスやデングウイルスしか扱ったことのない私たちの研究室もSARS-CoV-2研究を開始することにしました。何をすれば社会貢献に繋がるかを検討しましたが、これまでにコロナウイルスを扱った経験がなかったため、私たちは、私たちができることを考え、SARS-CoV-2の細胞培養系の樹立、ウイルスの定量方法、動物モデルを用いた検討、組換えウイルスの作出に取り組むことにしました。
 緊急事態宣言も出され、人と会うこともできない中でも、研究を継続させてくださった大阪大学微生物病研究所の決断にも感謝しながら、インターネットを通じて、さまざまな研究分野を専門とする研究者と共同研究を開始しました。それら共同研究の成果は、
Inoue et al. JEM 2023, Arai et al. iScience 2022, Hashizume et al. Antiviral Res 2022, Kohyama et al. Int Immunol 2022, Sano et al. Commun Biol 2022, Miyamoto et al. Commun Biol 2022, Nakayama et al. Sci Rep 2022, Tanaka et al. Antiviral Res 2022, Tsuji et al. Nature Aging 2022, Liu et al. Cell 2021
に発表されています。このような多くの共同研究を通じて私たちはSARS-CoV-2から、共同研究の大切さと、重要性を学ぶことができました。

 

1つの共同研究をご紹介します。京都府立医科大学大学院医学研究科循環器内科学の星野温先生、大阪大学蛋白質研究所の高木淳一先生と共同でレセプターデコイによる治療薬の開発を進めてきました。SARS-CoV-2感染によるCOVID-19の治療は現在ではワクチン接種や治療薬の開発によって大きく進展し、SARS-CoV-2は5類感染症に移行されました。しかしながら、現在も感染者数は増える傾向にあり、出現から3年以上経過しているにも関わらず依然として社会生活に大きな影響を及ぼしています。SARS-CoV-2の流行が長期化している背景には、変異株(アルファ株、デルタ株、オミクロン株やその亜系統)の出現による感染効率の改善、治療用抗体やワクチンで産生された抗体に耐性を持つ(エスケープ)ウイルスに変化することによって、感染を繰り返すウイルス側の戦略に要因があると考えられます。したがって、SARS-CoV-2に対しては今後出現するかもしれない新規の変異株にも対応でき、エスケープ変異(耐性を持つようになること)を出さない治療薬の開発が求められています。
私たちの研究グループでは、SARS-CoV-2出現当時から、大阪大学蛋白質研究所高木淳一教授と共同でレセプターデコイによる治療薬の開発を進めてきました。SARS-CoV-2のウイルス表面から突出しているスパイク蛋白質が、感染細胞に発現しているAngiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) と呼ばれる蛋白質をレセプターとして認識し、強く結合することによって細胞内にウイルスが侵入することができます。この性質を利用して、ACE2を囮(おとり:デコイ)としてウイルスと結合させることで感染を阻害する治療方法を提案し、検討しました。我々の創出した高親和性ACE2デコイは、スパイク蛋白質とACE2の親和性を100倍強くしたACE2の変異体をヒト抗体(ヒトイムノグロブリン(IgG))のFc領域と融合させています(図③参照)。これまでに、我々が調整した高親和性ACE2デコイは、現在治療で使われている抗体医薬と比較して耐性を持つ変異株ウイルス(エスケープ変異)が出現しにくいことを明らかにし、効率良くウイルス感染を阻害できることを報告しました (Nat Commun (2021))。さらに、高親和性ACE2デコイはオミクロン株だけではなく、新型コロナウイルスと似ているセンザンコウやコウモリといった動物のサルベコウイルス亜属のウイルス感染も抑制できること、齧歯類の動物モデルにおいて治療効果が認められることを明らかにしてきました(Sci Transl Med (2022))。さらに、高親和性ACE2デコイはSARS-CoV-2感染カニクイザルを治療できたことから、高親和性ACE2の有用性をさらに確認することができました(Sci Transl Med (2023))。
本技術は他のウイルス感染症に対しても応用可能なため、他のウイルスに対する高親和性のレセプターデコイを設計することで、さまざまなウイルス感染症に対する治療薬として、高親和性レセプターデコイの汎用性を広げる研究を現在進めています。

 

Nat Commun (2016), PNAS (2017)